
アスレティックトレーナーやスポーツ現場でのトレーナーは、「選手のために」という気持ち、思いで日々活動されていると思います。
しかし、ややもするとその気持ち、思いが選手にとっては逆効果になってしまったりすることもあるのではないかと最近考えることが多くなりました。その理由の一つに、若いアスリートに関わる機会が多くなってきたことがあげられます。
プロスポーツや代表チームなどのトップカテゴリーでは、選手をいかに良い状態にできるか、いかに良いパフォーマンスを発揮させることができるかを考えて選手対応することが多いのですが、「選手自身が自分のコンディションを自己管理できている」ことが大前提としてあります。
高校生、大学生の年代のアスリートにとって、プロやトップカテゴリーの選手と同じようなケアやコンディショニングの対応してもらうことが、果たして本当にその選手のためになっているのかどうか?
場合によっては、選手を甘やかしていたり、過保護になってはいないだろうか?と最近考えることがあります。
時々、学生に「どうして欲しい?」と聞くことがあるのですが、往々にして「治して欲しい」ということを言う選手が多いなと感じます。
もちろん、アスレティックトレーナーをはじめとするメディカルスタッフ、コンディショニングスタッフは、一日でも早く復帰するために、あるいは良いコンディションになるために全力を注ぎますが、それは選手自身が「良くなりたい、良くなろう」というattitudeがあってのことで、passiveな一方通行のサポートでは決して良い結果は生まれません。
世界のトップで活躍しているアスリートは、自身のコンディションを自分で把握する能力に長けていると私は思っています。
海外の慣れない環境においても、一人でタフに戦うことを求められます。すなわち、自分で自分をコントロールできなければならないのです。
アスレティックトレーナーの役割の一つに「教育的指導」があります。
自分自身の身体に興味を持ち、どうしたら自身のコンディションが良くなるかを自問自答できる選手、自己解決できる選手を育てること、将来トップのカテゴリーで活躍していく選手たちに様々なアドバイスや情報提供ができることができるかどうかも、我々スポーツ現場のトレーナーに求められる役割です。
人には誰しも承認欲求というものがあります。
私も若いころは、選手から何か求められると「必要とされている」という思い、何とか応えようと躍起になっていましたが、今思えばそれが本当に良かったのかどうか・・・です。
Jリーグ60クラブの1クラブ平均トレーナー数は4.2人である現状の中、ラグビーNew Zealand代表オールブラックスは、なぜトレーナー(フィジオ)2人体制なのだろうと考えたときに、きっと自己解決できる選手、自己管理できる選手が多いのではないかと思ってみたりした今日この頃でした。